05年7月〜9月の日記です。
05年9月30日
阪神優勝しましたねー。実は私、大阪育ちで、子どもの頃からの阪神ファンである。といっても熱心に試合を見ているわけではなく、今の選手の名前すらおぼつかないので、筋金入りのファンの方からはお叱りを受けそうだが。さすがに昨夜は試合最後の5分だけテレビをつけて優勝の瞬間をしっかり見届け、感動のあまりちょっと涙ぐんでしまった。阪神も駒大苫小牧も優勝して、今年は何だか気分がいい。たかが野球のことなのだが・・・といったらまた怒られるかしら(笑)。
野球と言えば、サンフランシスコにあるジャイアンツのホーム球場はとても楽しい。サンフランシスコ湾に面しており、外野スタンドで夕暮れ時、水面の色がだんだん濃くなるのを見ながら野球観戦するのは何とも言えない風情がある。バリー・ボンズがシーズン最多ホームラン記録を更新した数年前は、記念ボールを狙う人々のボートが海面に大量に浮かんでいた。球場で売っているガーリックフライ(ガーリック風味のポテトフライ)もおいしい。ここでメジャーに移ったばかりのイチローをオープン戦で見たり、当時ジャイアンツにいた新庄選手を見たりしたのも懐かしい思い出である。書きながらまたちょっとサンフランシスコが恋しくなってきた私でした。
05年9月20日
最近あったとてもうれしかったこと。アメリカの友人から小包が届いた。本やCDと一緒に、彼女の一番下の女の子(6歳くらい)が押し葉にした四つ葉のクローバーが、かわいいカードに挟まれて出てきた。その子は私に数ヶ月前ちょっと悲しいことがあったのを知っていて、わざわざ私のために自分の宝物を荷物に入れてくれたのだ。
実は、その悲しいことがあった当日、家の近くの公園で、同居している私の家族も四つ葉のクローバーを見つけた。今、二つの四つ葉が私の前に並んでいる。これって、何だかものすごく素敵なメッセージではないだろうか。「人生には時として悲しいことが起こるけど、見方を変えればそれは幸福につながる扉かもしれないんだよ」っていう。
ちなみに私の友人は北カリフォルニアのちいさな町で、だんなさんと一緒にとても素敵なお寿司とお好み焼きのお店を開いている。彼女たちの心遣いに触れ、私の心も一瞬そのお店に戻ってしまった。友人って、何よりの宝物だ。
05年9月18日
最近の札幌は雨が多い。実は私、雨って決して嫌いじゃない。雨の降る日に、家でのんびりと音楽でも聴きながらお茶でもすするのは至福のひとときである。雨に限らず、最近の私はものすごい出不精である。休みの日に気がつくと家から一歩も出なかったなどというのはざらで、家でおいしい朝ごはんを食べたり、ものを書いたり庭をいじったりしているだけで十分満足している。
かつての私はもちろんこんなではなかった。牡羊座らしく、気がふれたように外でいろいろ活動しまくっているのが常だった。いつからこうなったのだろう。思うに、内面が穏やかになるにつれて、「人間なんて、どこで何をしててもいいんだ」という境地に達してきたような気がする。幸せなんて、見つけようと思えばどこででも見つけられるものだ。もちろん私もそうそういつも達観していられる訳ではないけれど、できるだけ今のペースを崩さずに生きていきたいものである。
05年9月16日
昨夜、友人が教師を務める女子校音楽科の定期演奏会に行ってきた。札幌一の良いホールで、普通はきらびやかなドレスをまとった演奏家が弾くであろうピアノにセーラー服で向き合う彼女たちは、とても初々しく可愛かった。演奏のレベルもなかなかのもので、楽しめた。聴いているうちに私も、しばらくご無沙汰しているピアノとフルート、声楽を再開したくなった。自然も癒されるが、音楽も本当に癒される。
良い音楽と出会った時の体験って、ほとんど神秘体験に近いものがあると思う。私にとってその代表格は昔ロンドンで聴いた小沢征爾のウィーン響ブルックナーと、サンフランシスコで何度か聴いた五嶋みどりのバイオリンである。ブルックナーは、完全に音楽に入り込んでしまい、どんな旋律だったか今でもまったく覚えていない。五嶋みどりのバイオリンは、音があまりにも美しくて聴くたびに泣いてしまう。・・・ああ、また彼らの演奏を生で聴きたいものだ。札幌に来てくれないかしらね。
05年9月15日
ある朝気づいてみたら、札幌に秋が来ていた。空気がきりっと澄みわたり、空が高く青さを増し、ななかまどの実が色づきはじめた。気温がさほど変わらなくても、まだひまわりが咲いていても、秋の気配というのは確実に感じ取れるものである。特に札幌って、日本で一番四季の移り変わりをはっきり感じられる場所ではないかと思う。夏も美しかったけれど、秋も美しい。さんまもおいしい。久しぶりの札幌の秋を満喫しようと思う。
05年9月9日
このコーナーが半ば園芸日記となっていることは重々承知であるが、お許しを。
ここ数日、いろいろなことに忙殺されて、庭に出る心の余裕もなかった。私としては本当に珍しいことである。今朝、久しぶりに少し余裕を取り戻し、台風一過の庭を眺めてみたら、数ヶ月前に植え替えて以来、びくとも成長していなかった薔薇の新芽が赤くきれいに伸びている。最後のひまわりも咲いていた。何だかそれを見ただけで、今抱えているいろいろな出来事を一瞬忘れ、とても癒されている自分がいた。植物って本当に偉大だ。
05年9月3日
札幌で昔、駆け出し記者として一緒に警察を回っていた仲間たちの集まりに顔を出した。当時若くして亡くなった同期の記者を偲ぶ集いで、同僚だった別の友人夫婦のはからいで、10年以上ほとんど毎年開かれている。マスコミ関係者は選挙でとても忙しい時期だということもあり、最初顔を見せたのはマスコミからすでに足を洗った私とその友人夫婦のみ。今は道内で有機農業を営む彼らの持参してくれたおいしい野菜を肴に、少ない人数でじっくり話に花を咲かせることができた。
私はあまり過去を振り返ったりしない方なのだが、仕事を始めた13年前は、今3人がここでこうしているとは誰が予想できたろう。そう考えると人生ってすごく不思議である。でも、いろいろな困難を抱えながらもいきいきと自分の価値観に沿った生き方をしている2人と話をしていて、とても励まされたし元気になった。自分らしい生き方を模索してる人たちと話すのは、いつも心の栄養になる。
05年8月26日
帰国してようやく、修理に出していたパソコンが戻ってきた。ハードディスクを入れ替えたので、当然ながらこれまでのデータはすべて消去され、買ったときと同じ状態である。3年間使っていたので、それなりにいろんなデータや文書が蓄積されていたはずであるが、こうしてまっさらのパソコンを前にしてみると、データが失われた無念さよりも、奇妙なすがすがしさが先に立つ。余計なものを脱ぎ捨てて身軽になったとでもいおうか。結局、人間に本当に必要な情報なんて、そんなにはないのかもしれない。
パソコンが壊れたのが、延長保証期間が切れる一ヶ月前だったのも不幸中の幸いだった。経済的な打撃を被らなかっただけでもラッキーである。・・・と、結構おめでたい私ではあるが、今後はやはり、重要なデータのバックアップだけは忘れずにとっておこうっと。
05年8月22日
長らくご無沙汰しました。昨日サンフランシスコからロス、ロスから香港、香港から千歳というとんでもない乗り継ぎでようやく日本に戻ってきました。到着してみたら、新千歳空港は駒大苫小牧の高校野球優勝で大騒ぎ。大会二連覇なんて、本当に本当に素晴らしい。私がかつて北海道で高校野球を取材していた頃は、駒大といえば岩見沢のことだったのにね。のびのび野球をしている彼らが勝ち進んだなんて、とてもいいことだ。おまけに私が好きな阪神もあいかわらず首位にいるし、庭にはコスモスが咲き、かぼちゃが育ち始めているし、帰って早々うれしいことがいっぱいである。旅も本当に楽しかったし、有難かったけれど、帰る場所があるっていうのは更にいいものですね。
05年7月30日
現在、コミュニケーションをつかさどる星、水星が逆行中である。この時期は、いろいろなアクシデントが起こりがちなものだが、私もその影響をまぬがれることができず、先日パソコンのハードディスクが見事に壊れてしまった。修理に時間がかかると言われたのも、おそらく水星の影響かもしれない。こういう時はあきらめて、流れに逆らわない方がいい。
というわけで、しばらくホームページの更新ができなかった。今も家族のパソコンに避難して更新している。私のパソコンが戻るのはおそらくアメリカから帰国後だろう。その頃には水星も巡行しているし、何事もきっとうまくいくはず。
余談だが、水星逆行中は、瞑想など、自分の内面を見つめるのに絶好の時期だという。みなさんも一人でじっくりものを考えたり、瞑想などやってみるのもいいかもしれませんよ。
05年7月17日
最近の小さなしあわせその二。
洞爺湖温泉への行き帰りに、久しぶりに中山峠の揚げイモを食べた。揚げイモと言われても北海道以外の方にはぴんと来ないかもしれないが、これは小さなゆでジャガイモにホットケーキミックスの衣をつけて揚げたものが、割り箸に3つ、おだんごのように串刺しになっているスナックで、道内では中山峠のものが一番おいしいことになっている(はず)。久々の味は、うーん、やっぱりおいしかった。サクサクした衣のかすかな甘みに、ほくほくのじゃがいも。しばらく前に関西に初旅行した純粋道産子の友人が、食い倒れの街大阪の食べ物が思ったほどおいしくなかったと驚いていたが、ほんと北海道って、おいしいものが多すぎるから、みんな舌が肥えてしまうんだろうね。何たって素材が違うものね。
洞爺村では、野菜の直売所で、朝採りのブロッコリーもひとつ80円で買った。これもおいしかったな。食べ物が安くておいしい場所にいるって、ほんとに幸せだ。
05年7月12日
最近の小さなしあわせその一。
4月中旬に種を蒔いて以来、一向に発芽しなかったラベンダーが、2週間ほど前にふと見ると、小さな芽を出しているではないか。もう死んでしまったものと半ばあきらめていたのだが、念のために水やりを続けていて本当に良かった。やはり今年の札幌の4月は、種まきには寒すぎたのだろう。本当に雪解けが遅かったものね。
この件に限らず、植物から学ぶことは本当に多い。そのひとつは、どんなものでも時期が来ないと育たないということである。えんどうの豆を蒔いた時もそうだった。一ヶ月以上もの間一向に芽を出す気配がないので、短気を起こして土を掘り返したところ、豆から長い根が伸びているのを見つけ、あわてて埋め戻したことがある。植物には植物の都合があり、こちらがどんなに急かしても、時期が来なければ芽吹かない。しかもその間成長していない訳では決してなく、地面の下で静かに根を伸ばし、発芽に備えているのだ。
これって、セラピーとか子育てとか、いろんな物事の見事なメタファーではないかと思う。セラピストや親の都合では、クライアントも子どもも成長してくれない。彼らには彼らのペースがあり、それを曲げてまで何かを押し付たり、無理に引っ張ったりすると、結局は出る芽も出なかったりするのだ。物事にはすべて時期がある。植物を育てていると、そんな当たり前のことを日々思い出させてもらえる。
05年7月4日
札幌でのワークショップが無事に終わった。参加してくださったのは全員女性で、年代も近く、ワークをすすめるうちに、初対面とは思えないほどお互いがお互いを深いレベルで受け止める場面があちこちで見られ、見ているこちらが感動してしまった。こうしたワークが日本でどれくらい受け入れられるのかちょっと心配していたのだけれど、まったくの杞憂だった。みんな、びっくりするくらいオープンで、素敵な感性を持っていて、とてもなごやかで素敵な一日になった。誰かを癒し癒される力って、本来誰もが持っているんだなあと改めて強く感じた。
とても楽しかったので、早くも、次は何をしようかな・・・といろいろなアイデアをひねっている。今度はどんなワークショップができるか、どんな出会いがあるのか、今からとても楽しみな私である。
05年4月〜6月の日記
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