05年4月〜6月の日記です。
05年6月21日
札幌に住むのはほぼ10年ぶりなので、もちろん街が変わっていることに私が文句をつける筋合いではないのだが、昔好きだったお店がなくなっているのは悲しい。今日は立て続けに、2度もそういう出来事にぶつかってしまった。
ここしばらく、風邪を引いたりとぱっとしない体調である。無理をするという言葉は、現在の私の辞書にはないので、今日はセッションをキャンセルして一日寝ていた。こういうときは、食べたいものが極端に限られてくる。昼間は、うどん以外食べたくなかったので、昔好きだった札幌駅近くの讃岐うどん屋に車で連れて行ってもらう。ところが・・・いくら探してもないのだ。がっかりして、別のうどん屋さんで食事して戻り、ネットで調べてみたら、しばらく前に長沼に移転してしまったとのこと。
夜も食欲がなく、昔よく行っていた時計台近くのおむすび屋のおむすびが食べたくなってネットで念のために検索してみたら、やはり閉まっていた。コンビニ進出にあおられ、すすきのに移ってジンギスカン屋に鞍替えしたという。ここのおむすびは、ひとつひとつ愛情をこめて握っている感じで、ほんとにおいしかったのに。だめもとで、新しいお店に電話してみると、何種類かのおむすびはできるとのことだったので、注文して家族に取りにいってもらった。やっとありついたおむすびの味は、昔と全く変わらず実においしかった。これが昼間に気軽に食べられなくなったのは誠に残念である。
ひとつのお店を長く続けるって、本当に大変なことなんだなと思う。自分たちは変わらず良いものを提供していても、社会の風潮や人の好みが変わったり、景気が変動したり、似たような店が増えたり、自分ではどうにもならない要因ってたくさんあるものね。今日は改めて、老舗っていうのはすごいものなんだなと思ったことであった。
05年6月6日
サンフランシスコ日記A ランズエンド
まずは下の写真をご覧あれ。

これ、サンフランシスコ市内の風景だと言ったら、信じてもらえるだろうか。ここはLand's
Endといって、市内北西部の海岸沿いにある公園の一部なのだ。世界的に有名な大都会が、こんなに豊かな自然を内包しているなんて、ちょっと思わないですよね。実は私も、ここから車で5分ほどの住宅地に3年も住んでいながら、ぜんぜんこの公園を知らなかった。ここを知ったのは、ほんの一年ほど前である。その時はすでにイーストベイに引っ越していたにもかかわらず、それ以来、暇を見つけてはこの場所に通っていた。今回の滞在でも、最後の日に一人でここを訪れた。
ここが大好きなのは、風景の素晴らしさもさることながら、こういうものがあるからである。

これは、「ラビリンス(迷宮)」という。ラビリンスとは、もともとフランス・シャルトル大聖堂の床に大理石で描かれた模様で、そこを歩くことは、ひとつの瞑想法として知られていた。最近になって、このラビリンス・ウォークが再び注目を集めるようになっている。サンフランシスコのグレース大聖堂でも、本堂の床にシャルトルのラビリンスを模したカーペットが敷かれ、定期的にそこを歩く瞑想の夕べが開かれている。
そのシャルトル・ラビリンスと同じ模様の、石を並べたラビリンスが、誰が作ったか知らないが、断崖のわきに存在しているのである。これを初めて見つけたときのうれしさ。私は、8年ほど前に、仏シャルトルのラビリンスを歩いたことがある。実に神秘的な体験で、それ以来私にとってラビリンスは特別なものになっていた。それが、海を見下ろすこんな素敵な屋外に存在していたとは。しかも、ほとんど訪れる人もいないのだ。
ここを歩いているといつも、かもめがすぐ脇を垂直に飛んでいく。素敵なサインをもらった気分になるのだが、今回は何と、かもめだけでなく、別の大きな渡り鳥の隊列も真横を通り抜けていった。これを幸運の印と言わずして何と言おう。最後にまた、ここに来られてよかったと、心から思いながらサンフランシスコを後にした私だった。
05年5月27日
サンフランシスコ日記@ 街の古本屋さん
無事に2週間のサンフランシスコ行から戻った。4日間の会議出席以外は、旧交を温めたり、元のボスと会ってアドバイスをもらったり、あちこちなつかしい場所を訪ねたりと、思う存分自分の時間を楽しんだ。
6年もベイエリアに住んでいても、知らなかった場所はまだたくさんあるものだ。今回、SFのミッション地区で、友達のジュリーに、"Adobe Bookstore"というとても素敵な古本屋さんに連れて行ってもらった。ホスピスでチャプレン(牧師)として働くジュリーは、仕事の後毎週のようにここへ来て夜遅くまで過ごすという。「いるだけで癒されるの。セラピーに来るみたいなものよ」と彼女が話す訳が、ここへ来てみてよく分かった。
まず、店内にはたくさんのソファや肘掛椅子が置いてあり、誰でも勝手に入ってきて座ってくつろげる。私がいた時にも、女性が一人、テイクアウトの中華料理をぶらさげて入ってきて、ソファに腰を下ろして食事をたいらげ、本には目もくれずにさっと出て行った。店の隅でタイプライターをたたいている人がいたので、店員かと思ったら、これもまったく関係のない人だった。皆が思い思いに入ってきては、勝手にいろんなものを使い、自分の家のようにふるまっているのだ。
次に、店内にはいつも、なぜが食べ物があり、誰でも食べてよい。この日はおいしいキッシュとペストリーが置いてあった。何でも、近くのペストリー屋さんが、売れ残りを毎日のように持ってきてくれるそうだ。というわけで、この店は、当たり前のようにホームレスの人たちのたまり場になっている。店は夜12時に閉まるのだが、ホームレスの人たちはその後も中にとどまり、ここで夜を明かすこともあるという。それが許される場所なのだ。
最後に、ピーターという、とても素敵な店員がいる。一見、お坊さんのような物静かな彼は、大変な博識で、聞き上手で、ふだん人見知りをする私も、初対面でありながら、ソファの座り心地の良さも手伝って、時間を忘れて話し込んでしまった。私がセラピストだというと、「日本の森田療法ってどんなものなんだい?」と質問して私を驚かせたりもした。
楽しく彼と話している時に、マリファナの臭いをぷんぷんさせた初老のホームレス男性がやってきて、居合わせた皆に紙を配り出した。見ると、彼の自作の詩のようなものだった。ピーターによると、彼はここ8年ほどこの付近でホームレスをやっており、毎日のようにこの本屋のタイプライターを使って文章を創作し、皆に配っているという。「8年もなんてすごい。出版すればいいのに」と私が言うと、ピーターは静かに、「彼はもう出版しているじゃないか」と言った。確かに、印刷して、読んでくれる人がいれば「出版」してると言えなくもない。
誰でも受け入れてくれる空間と、何でも受け入れてくれるお店の人。本当に、サンフランシスコならではの場所だと思う。愛するこの街が余計に好きになった瞬間だった。

Adobe
Bookstoreでくつろぐ、友人のジュリー
05年5月8日
会議参加のため、あさってからカリフォルニアに2週間戻る。明日の朝には東京に向かうのに、前日の夜9時時点で何の荷造りもしていない私。私にとって今もベイエリアはあまりにも身近だから、そんなに遠くまで行く気がしないのだ・・・というのが、荷造りをぎりぎりまでさぼっている理由になるわけもないのだが(笑)。
ともあれ、たった2ヶ月半ぶりの帰郷(?)なのに、本当にうれしさでわくわくしている私。会議準備そっちのけで、いつもの散歩コースや、よく行っていたヨガクラスや、なつかしい友人、大好きなレストランのことで頭がいっぱいである。向こうについたらとりあえず、サンフランシスコのオーシャンビーチを散歩して、友達とお昼を食べようかな。
・・・という訳で、アメリカを思いっきり楽しんできます。帰ったらこの欄でいろいろ報告しますので、お楽しみに。
05年5月5日
こどもの日の午後、友人と積丹半島まで山菜取りに行った。お目当てのタラの芽は、少し早かったらしく見あたらなかったが、ギョウジャニンニクとカタクリの群生地に運良くめぐり会うことができた。地元の温泉につかり、帰宅途中に海の幸も仕入れ、夜は我が家で大宴会と相成った。おいしい山菜料理と刺身を肴に夜更けまで皆で話し込み、本当に楽しい一日(半日?)でした。ちなみにギョウジャニンニクは餃子に、カタクリはおひたしにしましたよ。
05年5月3日
ゴールデンウィーク、おかげさまで、これ以上は望めないほどのんびりと過ごしている。今日は中島公園の園芸市で、我が家の家庭菜園に彩りを添えるため、いくつか苗を買い込んだ。ラベンダーやバジルなどのハーブ類のほかに、デイジーを一回り大きくしたような白い一年草も。カリフォルニアでホームレスの子どものためのデイケアホームで働いていたとき、同じ花の苗を子どもたちと一緒に植えたので、なつかしくなって思わず買ってしまった。幸い札幌の夏は北カリフォルニアの気候に似てるから、花も良く育つことだろう。以前、渡り鳥を畏敬の念なくして見られないと書いたが、植物も同じですね。毎日毎日成長していくのを見ていると、奇跡に立ち会っているような気がしてくる。最近、こうした小さなことに大きな幸せを感じる私です。
05年4月26日
JR福知山線の脱線事故 生存者の心の応急処置
昨日起きたJR福知山線の脱線事故には心が痛む。インタビューに答えていた乗客の多くに大きなショックの後に見られる乖離の症状が出ていたことは、テレビのブラウン管を通してでさえ伝わってきた。こんな時にマイクを突きつけるマスコミには腹が立つ。彼らも職業柄そうせざるを得ないのは、私も記者をやっていた経験上よく分かるので、一概に彼らを批判したくはないのだが・・・。
そうは言っても、トラウマ治療を専門とする以上、被害者の精神的な後遺症は心配である。ここにPTSDを防ぐための心の応急処置を記しておくので、一人でも多くの生存者とその家族の目に留まることを願う。
ひとつ声を大にして言いたいのは、たとえ目に見える外傷がなかった場合でも、あなたが体験したことは非常に恐ろしい出来事であり、あとから心身の後遺症が出てくる可能性は十分あるということである。したがって、列車に乗り合わせた人は、たとえ怪我がなくても、十分に自分の心身をいたわってあげて欲しい。
<病院に搬送されたり、自宅に戻ってから>
−ショック症状がおさまるまで安静にし続けて下さい。
−たとえ外傷がなかったり、仕事や学校に行っても大丈夫だと感じたとしても、数日は必ず休みを取ってください。大した怪我もしなかったのに出勤しないのは申し訳ないと感じたり、興奮状態でかえってエネルギーが満ち溢れているように感じたりする人もいるかもしれませんが、これは、事故後の無力感を感じないようにするために働く否認のメカニズムで、トラウマを受けた人に多く見られる現象です。ムチ打ちなどの症状は、最初の数日間を安静に過ごさないと、その後の回復にずっと手間取ることになります。少なくとも1日か2日は休んでください。
−落ち着いてしばらくすると、怒り、恐怖、悲しみ、罪悪感、不安など、さまざまな感情がわきあがってくるでしょう。それはごく自然なことなので、そうした感情を抑えつけようとせず、批判的にならずに、感情が浮かび上がるままにしておきましょう。
−いろいろな身体反応が出てくることと思います。体がぶるぶる震えたり、悪寒がしたりする人は多いでしょう。これは、大きなショックをくぐり抜けた後のごく自然な反応なので、起こるがままにまかせてください。寒い時は、毛布にくるまるなど暖かくして休んでください。
(参考文献、
"Waking the Tiger"ピーター・レヴァイン著)
05年4月24日
とても素敵なものを見た。久しぶりの快晴となった日曜日、古い友人がやっている長沼の農園を訪ねた。およそ10年ぶりの再会に会話がはずみ、新しい出会いもあって、皆でたのしくおしゃべりしながら種イモを植えていた時だ。澄み渡った青空を、隊列を組んだハクチョウが、私たちの真上を飛んでいったのだ。手を伸ばせば届きそうなほどの距離だった。
その姿の優美で力強かったこと。しかも隊列は7羽で、何だかとても幸運なものを感じてしまう。「WATARIDORI」という映画を以前観て以来、渡り鳥の隊列を畏敬の念なくして見送れない私だが、今日のハクチョウの美しさはまた格別だった。北海道に住む幸せをしみじみと感じたことでした。
05年4月20日
札幌はここのところ風が強い日が続いており、まだまだ寒いけれど、雪もようやく溶け、季節は確実に春へ向かっているんだなと感じる。私のカウンセリングルームは結構街中にあるのだが、近くの街路樹の根元にはクロッカスが咲き始めたし、近所のちょっとした路地をのぞくと、ふきのとうがたくさん顔を出している。というわけで、最近は食卓によくふきのとうみそが登場する我が家でありました。春っていいですねえ。
05年4月15日
ラジオに出演しました。

札幌市中央区のコミュニティFM「ラジオカロス札幌」の金曜正午の番組「山鼻、今日もいい天気」に出演した。カウンセリングについて語るというテーマ。ラジオ出演なんて初めてなので、開始前はさすがに緊張したが、実は私、人前で話すのが結構好きなんですね(笑)。セラピストを目指したきっかけや、セラピーとはどんなものかについて語り始めたら、30分があっという間だった。
最近、札幌にもこうした地域密着型のコミュニティFMが増えているようで、いいことだなと思う。やはり人間一人で生きていくよりも、地域の人たちと助け合い、さまざまなイベントを共有しながら暮らした方が幸せだものね。そうした活動に取り組んでいる人々に出会って、私もちょっと元気をもらった一日でした。
05年4月9日
サンフランシスコ時代に同じ大学院で学び、今は東京で働いている友人が、実家に帰省したついでに立ち寄ってくれた。共通の友人たちの噂話や近況報告などで大いに盛り上がった。
向こうで出会った友人とこっちで再会するっていいものだ。2月末、成田に降り立った日のことを思い出す。カリフォルニアののんびりペースにすっかり馴染んでしまっていた私は、新宿の人ごみに泣きそうになっていた。次々とこっちに向かって突進してくる人々にぶつからないように前進するスキルなんて、もうとっくに忘れてしまっていたからだ。ぐったりしたころ、待ち合わせ場所に懐かしい顔を見つける。これもカリフォルニアの友人たちだった。花束まで持って。その後4人で、大久保の屋台村へ行った。
帰国したその日に、異国で苦労を分かち合った友人たちと食事を共にするなんて、トランジション(移行)としてはこれ以上望めない。おかげで私のパニックは速やかに収まったのであった。
でも、今でも新宿の人ごみは駄目。帰る場所が札幌でほんとに良かった。
05年4月8日
HPを開設して丸1日しか経っていないのに、延べ150人もの人が訪れて下さったようで驚いている。皆さんどうもありがとうございます。
今日、HP開設祝いとして、親しい友人がちいさな鉢植えをくれた。彼女の家にある大きなパキラを株分けしてくれたものだという。
このプレゼントには本当に感激してしまった。ひとつには、ここ数日、部屋に置く観葉植物がもう少しあるといいなと思っていたところだったから。最近こういう、自分が望んだものをすぐに宇宙が与えてくれるという経験を良くする。ありがたいことですね。
もうひとつの理由は、なんだかその小さな鉢を今の自分と思わず重ね合わせてしまったからである。私も、アメリカのNPOで組織の一員としてセラピストをした後、日本に場所を移して一人立ちしようとしている。素敵な偶然の一致だと思いませんか。カウンセリングルームも、今日もらった植物も、大切に育てていこうと思う。
05年4月7日
2月下旬に帰国してから6週間、カウンセリングルーム開設、ホームページ立ち上げと目まぐるしくここまで来てしまった。帰国後しばらくはのんびり休んで温泉三昧でもしようかと思っていたのに、気づいたらすでに疾走状態だった。我ながら、ほんとに牡羊座だよなあと苦笑する。
でも、動いていても思ったほど疲れないのは、やはり数年来の夢だった自分のセラピールームの開設実現に向けての作業だったからだと思う。あとは夢にまで出てきた北海道の魚を満喫してるせいもあるかな(笑)。ともあれ、1人でも多くの人に、癒しのメッセージを届けていければいいなと思っている。
05年7月〜9月の日記
きまぐれ日記トップへ